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Pretty Pop in Stardust #3
- French `Japanese Pop Music' Magazine.
Japanese Translated Edition |
インターネットなんて僕らからプライバシーと金をむしりとるだけのただのゼイタク品だと思ってた。
だけど、そんなことをふと忘れさせるような芸当も時にはやってのけるとんでもないヤツだ。
あれは2000年になってまもなくのことだった。
ネットサーフィン中、偶然にも、ある日本人グループと知り合い、友達になった。
相手の名はPretty Pop。
実はまだ無名のいわゆるインディーズだが、ところが後で触れるようにすごい実力の持ち主なのである。
そう、彼らは我らがスターダストの扱うミュージックシーンに身を置いているのである。
まだ、今のところは小粒だけど、この先ビッグになっているかもしれない。
Pretty Popはボーカルのイワサキ・カオリ(25歳)と楽器および作曲担当のキノシタ・ケン(32歳)のデュオ・ユニットだ。 ケンは前にいたバンドが98年末に解散して、新しいユニットをつくろうとボーカリストを探していた。 友人同士の集まりでカオリと出会い、その2週間後にデュオを結成した。 Pretty Popの誕生である。 99年には最初のCD「Plastic Music」をリリースした。
僕が彼らの音楽で気に入っているのは、80年代のサウンドが見事に再現されているということ。 背中にもう一枚「イケテない」のレッテルを貼られる覚悟で言うが、僕は当時の音楽、中でも「ニューウェーブ」の、ある種の懐かしさにハマっている。 見た目のことを言ってるのではない。 思い返せば蛍光色とか脱色のメッシュとかはひどいものだった(ビジュアル系ロックのファンが歳をとってから口にすることなど考えるのはやめておこう)。 しかし、音楽のあの強烈な新鮮さは、他のどこにも見当たらない代物だった。 ニューウェーブには, New Order、Orchestral Manoeuvres In The Dark、Human League、The Cure、 Depeche Mode、 Propagandaといったアーティストが結集した。 ファッションその他は脇において、当時出たばかりの電子楽器を使っていたという点に注目してほしい。 あのころの電子楽器は、とんでもなく高価だったのに一番いいやつでも今1000フランで買えるシンセの4分の1ほどの音しか出なかった。 また、このジャンルのアーティストはギターを使わなかった(もっとも、The Cureをはじめ多くのグループが後になってから使い始めるのではあるが)。 こうしたグループのファンであり、さらに同じ系譜の日本のアーティストであるYMOやPlasticsのファンでもあったPretty Popは、先人たちから多くを学び、 機械にこだわった音作りを取り入れたり、 ベル・ストリングやブラス・アンサンブルといった80年代の音を用いたりしている。
ケン自らがこういっている。
「僕の音楽はとてもシンプルなんだ。それがパワーだと思ってる。
真のポップ音楽はシンプルさが命。
背伸びしても届かないような、身近に感じられないようなのではダメなんだよ。」
もう一つ二人が大切にしているのは、歌のベースラインを極めること。 多くの作曲家の場合、往々にしてメロディから手がけるが、ベースラインはメロディに負けず劣らず重要な歌の大黒柱である。 これがうまくできれば、後もしっかりしたものが出来上がる。 キーボードで奏でるのが一番シンプルで、実際のベースでは少しシンプルさには劣る。 それでも、まさにこここそが曲のもっとも重要な部分のひとつとなっているというのはおもしろい。
Pretty Popはこのベースラインが実に秀逸で、聞く人の心をたちまちとらえてしまう。 音選びも文句なしだ。
7曲収められているファーストアルバムの中でも、二人の将来性を予感させる「Winter Cafe」、「Dominoscope」の2曲に注目したい。
特に「Dominoscope」は、ケンがOMDの「Enola Gay」から直接メロディーのインスピレーションを得たという曲である。
さらに、「Dominoscope」はmp3.com公式ランキングのアジア・日本部門で99年10月中旬に第一位にランクされている。 なかなかのものだ。
他の曲はさわやかな、はじける感じで、80年代初頭のころのシンプルでソフトな歌を彷彿させる。
Visage、Taxi Girl、Cabaret、Voltaire、Mathematic Modems、あるいはIndochine、ElliやJacnoが活躍していたころの初期のLioのような当時の新ロマン派、 いや新ゴシック派ともいうべき欧州のニューウェーブ系アーティストを思い起こさせる。
もちろん、当時を知らない20歳前後の「若者」には、彼らが真に求める音に比べてPretty Popのサウンドはいささか安っぽく聞こえるかもしれない。
ところでこれを読んでいる君は少しばかり運がいい。
本来だったら「Plastic Music」のことしかここではお話できなかったのだが、なんと今号のスターダストを出す一ヶ月前に彼らの最新アルバム「Pistachio Love」が届いたのだ。
このアルバムには斬新な試みがふんだんにとりいれられている。
音の組み立てだけをとっても、ずっと良くなっている。
二人は心地良さを演出する楽器、ありきたりな感じのしない音を生み出す楽器の扱いを自分たちのものにしつつあるようだ。
しかし、残念ながら苦言も呈しなければならない。 これは公平さを期すためであって、僕の友達だからといってえこひいきになってはいけないと思うからあえて言うのだが、「Pumpkin Goes Town」ははっきり言ってよくない。 カオリの歌の部分はなんだかグロテスクに聞こえていただけない。 このセカンドCDには、初期の作品のひとつである「多忙な三部作(Hard Day in Three Parts)」がついに収録されている。 実はこの曲もGod’s Gift Contestというヒットチャートで上位にランクされた実績のある曲。 前のアルバム同様、この「Pistachio Love」にも素晴らしい曲が収められている。 「信じていたのに」はイントロが最高。 メランコリックな曲調の「Stockholm」にはいかにも当地に立ったかのような雰囲気が漂っている。
それから、CDについているジャケットのことも触れておきたい。
これが実にすばらしい。
一見するとケンが赤のボールペンでぞんざいに描いた小さなハートマークがあるだけでパッとしないのだが、中は見ているととても癒されるような薄紫色のバックに写真と素描を合成したような小さい絵がいくつかあってとてもきれいだ。
これはPretty Popの二人が自分たちでつくったものだ。
お金も機材も十分とはいえない二人は、何もかも自分たちでやり、試行錯誤してアイデアを捻り出さねばならない。 しかしそれが実は一番いいやり方なのであり、彼らの強みにもなっている。
Pretty Pop。 まだ今は地中に眠る種だけど、やがて日本のポップミュージックシーンに咲き誇る花のひとつとなるだけの将来性が十分あるユニットだ。 今ヒットチャートにこれといったものが見当たらない状況で、ある日Pretty Popが頭角をあらわす可能性はかなりあるといえよう。 実際、彼らはすばらしいのだから。 それに、彼らがうまくいってくれたら、我らがスターダストも他に先駆けて彼らを見出したことになるわけで鼻高々、というわけだ。
翻訳 : 丸谷 嘉宏氏 (23.Feb.2001)