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ロシア、フィンランド、エストニア旅行記
モスクワ、ヘルシンキ、タリン
2006年11月29日〜12月8日
29.Nov.2006 - Moscow
道に迷いながら、ホテルに着いたのは23時過ぎ。 チェックインしてすぐに滞在登録(Регистрация)をしてもらえたので、早速友達と夜中のモスクワ市内の散歩に出かけた。
ホテルから徒歩15分くらいで赤の広場 Красная Плошадьに着いた。
夜中だと言うのに、結構観光客がいた。
想像していたよりも治安がよさそうだというのが最初の印象。
確かに滞在中もずっと危ない目に遭うこともなかった。
それは、きっと、ロシア人と一緒にいたからだと思うが。
一人だと水も買えなかったからねぇ...
赤の広場ではスケート・リンクを作っている最中。
私がモスクワを出発した日曜日にオープンしたらしい。
ヨーロッパで一番の大きさとかどこかで見たか聞いたかした記憶があるが定かではない。
赤の広場と聖ワシリー聖堂 Собор Василия Блаженного (Покровский Собор)。
私がモスクワで一番観たかった聖ワシリー聖堂をこんなに近くで観る事が出来て非常に感激した。
近くで観てもおもちゃみたいでかわいらしい建物だ。
ソビエト時代に壊された建物もある中、残っていたのが不思議な気がする。
赤の広場から帰るときに警官のパスポート・チェックを受けた。 深夜に二人でうろつく東洋人とロシア人のペアは怪しいと私も思う。 怪しくなくてもパスポート・チェックはされるようだが。 滞在登録もしてあるので問題なく開放。 ロシア人も身分証明書を見せる必要があるそうで、友達も何か見せていた。 はっきりとは見てなかったが、パスポート・チェックでもめていた観光客2人がパトカーに乗せられていたような... ロシア滞在中にパスポート・チェックを受けたのはこれが最初で最後。 一番の懸案事項だったので、無事にやり過ごせてよかった。 モスクワの夜は、平日だというのに街を歩いている人も多かったし、カフェとか食べ物を売る店もそこらで開いていた。 しかし、特に街角の花屋が夜中中やっているようだったのが不思議だった。 きっと夜遊びをして遅くなった男が、家に帰って奥さんの機嫌を取る必要があるためによく売れるのではないかと勝手に理解した。 その後、深夜もやっているカフェで少し休んでからホテルに戻ったのが2時過ぎ。 風邪ひいて体調悪かったのに大丈夫かとか心配になりながら薬を飲んで就寝。
30.Nov.2006 - Moscow
アルバート通りを歩いた。
季節外れのためか、あまり人がいないので歩きやすかった。
マクドナルドとコカ・コーラはどこにでもある。
ソビエトとプーチンのTシャツを買った。
いろいろサイズを言ってたら店員も混乱したようで、プーチンのはサイズがひとつ小さいことが帰国して判明したので弟にスターリンTシャツと一緒にあげた。
残念。
マトリョーシカの店も結構あるが、結局買ったのは建物の中にある店で他のものと一緒に。
キエフ駅 киевский вокзалからクトゥーゾフ大通りへ向かう。
少し、裏寂れた暗い道を通るとウクライナ・ホテルが見えてきた。
モスクワに7つあるスターリン様式の建物のひとつ、ウクライナ・ホテル。
実物を見るとやはりここに泊まってみたかったかなと思う。
1階は店の看板がキラキラしていてスターリン様式の威厳が...
かの有名な、エリツィンが大砲を打ち込んだロシア連邦内閣ビル(ホワイト・ハウス)。
当時の面影は無く、すっかり綺麗にライトアップされている。
モスクワ川夜景。
モスクワ川を渡るノヴォアルバーツキー橋 Новоарбатских мостで日本人とロシア人が記念撮影をばしばし撮っていた。
他にそんなことしてる人たちは誰もいなかった...
ガイドブックでは凱旋門で切れてしまっているちょっと先にある勝利広場にバスで向かった。
まだ夕方の5時半だというのに真っ暗。
そもそも、天気もあまり良いとはいえず、雲が厚く空を覆っていた。
しかし、かえってモニュメントが美しく輝いていた。
雲に影が映っているのがとても幻想的であった。
モニュメントの上に掲げられている像。
マリア像と天使?
ロシアの凱旋門。
これはナポレオンに勝った記念。
フランスのと色使いが違うのが面白い。
01.Dec.2006 - Moscow
本日はニュースでは何度も見た
クレムリン
を見学。
写真は入り口のトロイツカヤ塔。
クレムリンを囲む城壁と望楼 Крепость и Башнии。
ここだけ近代的な建物の
クレムリン大会宮殿 Государственный Кремлёвский Дворец。
1961年完成のフルシチョフの時代の建物。
大砲の皇帝 Царь-пушкаという一度も使われることのなかった巨大な大砲。
ウズベンスキー大聖堂(聖母昇天総主教座大聖堂) Патриарший Собор Успения ПресвятоЙ Богородицы。
大砲の皇帝のすぐ先がサボールナヤ広場 Соборная плошадь。
サボールナヤ広場には3つの聖堂と1つの鐘楼がある。
写真はサボールナヤ広場からのウズベンスキー大聖堂。
アルハンゲルスキー聖堂 Архангельский Собор(右)
と
ブラゴヴェッシェンスキー聖堂(聖母受胎告知聖堂) Благовешенский Собор(左)。
一際高くそびえるイワン大帝の鐘楼 Колокольня Ивана Великого。
世界最大の鐘、鐘の皇帝 Царь-колокол。
しかし、鋳造中に壊れてしまい、これも使われることがなかった。
後ろに見えるのはロシア連邦大統領官邸。
地下鉄に乗ってヴァラビョーヴィ丘へ向かう。
最寄の地下鉄の駅からは白タクで移動。
初めてロシア製の古い車に乗った。
車は非常にぼろかったが速かった。
ヴァラビョーヴィ丘からモスクワを一望。
曇りなのが残念だったが、それでも良い眺めだった。
高台はやはり少し風が強い。
スターリン様式のモスクワ大学 Московский Государственный Университет им. Ломоносова。
ロシアのエリートが集まる大学。
だまされてリフトで丘を降りることに,,,
高所恐怖症の私は気が気でなかった...
友達の友達が待っているということで、11時過ぎにライブ・バーへ。
ライブをしているのも友達だったようだ。
面白かったけど、結局3時くらいまでいて、帰る頃はへろへろだった。
帰りは白タクに5人押し込まれてホテルに帰った。
02.Dec.2006 - Moscow
コムソモール広場は3つの駅の広場(トゥリー・ヴァグザーラ)という通称の通り、3つの駅がある。
写真はカザン駅 казанский вокзал。
カザンに行く電車の駅。
ここから電車で10時間くら掛かるそうだ。
遠いね。
レニングラード駅 ленинградский вокзал。
サンクト・ペテルブルグに行く電車の駅。
ヤロスラヴリ駅 ярославский вокзал。
ヤロスラヴリに行く電車の駅。
屋根の上に旧СССРのロゴが燦然と輝いている。
カザン駅とスターリン様式のレニングラーツカヤ・ホテル。
ここの近くのデパートでロシア製の時計を買った。
写真ではあまり良くわからないが、キリル文字がかっこいい。
ただ、左の時計は竜頭が取れてしまうという初期不良のため、後日モスクワに送り返すことに...
まぁ、数千円の時計だからね。
03.Dec.2006 - Moscow, Helsinki
モスクワ最終日
旧KGB。
ルビャンスカヤ広場のトロリーバス。
それにしてもモスクワの車は汚れすぎだ。
左後ろの建物は子供用百貨店ジェーツキー・ミール Детский Мир。
時間も少なくなってきたので、歩いて昼間の赤の広場に移動した。
ヴァスクレセンスキー門 Воскресенские Ворота。
ロシア全道路の起点。
初日の深夜に願い事をしてコインを投げた。
お陰で無事にモスクワ旅行をすることが出来たのかな?
1936年にスターリンに破壊されたが、1993年に再建されたカザン聖母聖堂 Казанский Собор。
赤の広場。
やはり夜中より人が多くて観光地らしくなっていた。
それでも季節外れで人は少なかったが。
赤の広場と聖ワシリー聖堂とクリスマス・ツリー。
レーニン廟 Мавзолей В.И.Ленина。
今でもレーニンは扱いが別格なのかな?
ソ連の国旗を持った集団。
別に何かアピールしている様でもなく...
昼間の聖ワシリー聖堂。
石柵で囲まれているのが、何故か妙に見たかったロブノエ・メスト Лобное Место。
かつて、皇帝がここから全国に布令を読み上げたところらしい。
そういうところなのに罪人に対して判決を言い渡して処刑したのもここらしい。
これがロブノエ・メスト
無事ヘルシンキ・ヴァンター国際空港に到着。
フィンエアー・バス Finnair Bussに乗り、35分くらいでヘルシンキ中央駅に到着。
最初、方角がわからなくて間違った方向に歩き出したが、歩いてたおばあさんに道を聞いて無事にホテルSokos Hotel Presidenttiを見つけた。
チェックインも終わり、部屋に行ったのだが、シャワールームがなんだか生臭く臭うので部屋を変更した。
その後、明日からの活動のために夜の街に出た。
それにしても人が少ない。
そんなに大きな街ではないようで、あっという間にマーケット広場まで着いた。
04.Dec.2006 - Helsinki
9時ごろの船に乗り、ユネスコ世界遺産の
スオメンリンナ島
へ。
季節外れのせいか、あまり人がいない静かな島だった。
数少ない観光客の後についていき、島の中央にあるインフォメーションに向かった。
ここで地図を入手して島を散策した。
橋を渡ると潜水艦ヴェシッコ号Sukellusvene Vesikkoが見えてきた。
実際に第二次世界大戦で使われていた潜水艦。
思ってたより小さかった。
海に向けられている大砲がそのまま残っている。
いろいろ落書きされているが...
島の中央付近の通り。
誰もいない。
船着場近くの灯台。
この船で本土と島を往復した。
車も一台か二台載せることが出来る。
05.Dec.2006 - Helsinki, Tallinn
早朝、といっても9時頃のN.esplan通り。
今日はこれからエストニアのタリンTallinnに日帰り旅行をする。
出航までまだ時間があったので、ターミナルの周りをうろうろした。
ヘルシンキ市の市庁舎 Kaupungintalo。
昨夜乗ったトラム Raitiovaunu 3Tもここを通る。
大統領官邸 Presidentin linna。
衛兵が2名入り口の左右を固めていた。
マーケット広場からの風景。
Nordic Jet Line高速艇が出発するカナヴァ・ターミナル Kanavaterminaali。
タリン行きの船が出るターミナルは幾つかあるが、宿泊したホテルからだとこのターミナルが一番近い。
タリン到着のターミナルも旧市街地か一番近い(と思う)ターミナルCに到着する。
Nordic Jet Line高速艇の中。
結構広く、食事も出来るし快適。
見なかったけれど、お土産屋もある。
ただ、行きの外海は結構ゆれて、途中気持ち悪くなった。
高速艇からのタリン旧市街地全景。
雨が降ってきたようだが、着いたら丁度止んでいた。
乗ってきたNordic Jet Line高速艇。
旧市街の外側の道路。
路面電車が小さくてかわいらしかった。
旧市街地の入り口にあるふとっちょマルガレータ Paks Margareeta。
ここから中世の町並みに一気に入っていく。
今はホテルになっている三人姉妹 Kolm Õdeと呼ばれている15世紀の建物。
名前の由来は建物が女性的な雰囲気を持っているからだそうだ。
近くにある三人兄弟と呼ばれる建物は見るのを忘れた。
旧市街地の中心ラエコヤ広場に続くPikk通り。
中世ヨーロッパの町並みが続いていてとても綺麗だった。
Pikk通りにある聖オレフ(オレヴィステ)教会 Oleviste Kirik。
旧市街地の中心、ラエコヤ広場 Raekoja Plats。
時期的に大きなクリスマス・ツリーも飾られていた。
店もいろいろ出ていたが、見るのは後にしてトームペア宮殿を目指した。
旧市庁舎 Raekodaとクリスマス・ツリー。
地図をもらったインフォメーション近くの聖ニコラス(ニグリステ)教会 Niguliste Kirik。
トームペアに続くLuhike jalg通り。
こういう通りは何故かわくわくしてくる。
城というよりは宮殿に見えるトームペア城 Toompea Loss。
今も国の議会が入っているので中を見ることは出来ない。
唯一ロシア正教らしいアレクサンドル・ネフスキー聖堂 Aleksander Nevski Katedraal。
旧市街からするとなんとなく違和感があるが、建物自体はとても綺麗でインパクトがある。
とても見晴らしの良かったトーム公園側の展望台 Vaateplats。
トーム公園と聖オレフ教会の方の旧市街を一望出来る。
観光客のおばさんに頼んで写真を撮ってもらった。
こちらは旧市街側がほぼ見渡せる展望台。
左が聖オレフ教会で、右に見える塔が旧市庁舎。
タリンの近代的な市街も遠くに見ることが出来る。
ここにはコインを持って両替を迫る怪しい親父がいた。
3人でたむろしていたが、こちらに来たのは一人だけだった。
その時はこちらの展望台は人気が無いようで、観光客はいなかった。
身振りでお断りして後は無視。
Kohtu通りを通って大聖堂の方にに戻った。
大聖堂(トームキリク) Toomkirik。
デンマーク人が建てたエストニア本土で最古の教会だそうだ。
後姿だが。
キーク・イン・デ・キョク Kiek in de Kök(右の丸の塔)とネイツィトルン Neitsitorn(左の四角の塔)。
キーク・イン・デ・キョクは「台所をのぞけ」という意味のドイツ語だそうで、昔はここから下町の家の台所が見えたそうだ。
街の防御用の建物であったにしてはクールな名前だ。
トームペア城に隣接している塔。
通称をのっぽのヘルマン Pikk Hermannという。
旧市街には面白い名前の建物が多い。
石畳の道路の地下に埋められている水道管だかなにかを工事するところ。
石をひとつずつはがしていくのはかなり大変な労働だと思う。
中世らしい町並みを維持するのも大変なことだ。
Viru門。
ここから外には現代が広がっている。
といっても、このViru門付近の旧市街の道はあまり中世を感じる建物は無かったが。
しかし、そのそばに城壁を利用したセーターの青空市場、セーターの壁 Walls of Sweatersがあったりするから侮れない。
見ただけで何も買わなかった。
お腹が空いてきたので3時過ぎに昼食。
どこが良いかよくわからないので、ガイドブックに載っていたエストニア家庭料理のレストランヴァナエマ・ユーレス Vanaema Juuresにすることにした。
エストニアのビールとエストニア料理を注文。
ラエコヤ広場 Raekoja Platsに戻り、クリスマスの雰囲気のマーケットを見て回った。
旧市庁舎の地下でクリスマス・バザール(だと思う)をやっていて、家庭で作ったと思われるケーキとか売っていた。
蜂蜜を買った。
マーケットで手袋を買った。
ロウソクは四角錐の形をしていた。
城壁に沿ったLaboratooriumi通りか、その近くの道。
光の加減もあると思うが、絵の中にいるような通りだった。
元来たPikk通りを戻り、ふとっちょマルガレータにお別れ。
06.Dec.2006 - Helsinki
朝の8時頃だったか、朝食の時外を見たら いつもなら通勤の人が何人も歩いているのだが、今日は外を誰も歩いていない。 疑問に思いつつも9時過ぎに街を散策しに出かけた。 ちょっと早く出かけすぎた気もしないではない。
少し休んでから、テンペリアウキオ教会の中を見学しに出かけた(前出写真参照)。
8時過ぎにホテルに戻り、荷物の整理。 明日はいよいよ帰国日。
07.Dec.2006 - Helsinki
昨日は店が閉まっていたので、STOCKMANの開店と同時にフィンランド製のコートを買ってホテルに戻り、チェックアウト。 荷物をホテルに預けて1時半ごろまで街を散策。
帰りのフィンエアーはがらがら。 チケットを買ったときは二日後の帰国便が一杯で泣く泣く日程を短縮してこの日にしたのだが,,, 4人席を占有して横になって寝ることが出来たが、時差ぼけが治るのには同じくらい時間がかかった。 飛行機で寝ても寝なくても時差ぼけは同じということか。 朝10時ごろ成田到着。 順調に進んで12時半には家に着いた。
今回は帰宅した翌日に地震があった。
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